大判例

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名古屋高等裁判所 平成4年(行コ)7号 判決 1992年12月02日

岐阜県各務原市蘇原申子町一丁目三番地

控訴人

小林幸市

右訴訟代理人弁護士

大場常夫

岐阜市加納清水町四丁目二二番地の二

被控訴人

岐阜南税務署長 大村正敏

右指定代理人

長谷川恭弘

金沢良孝

谷口好旦

吉野満

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立

1  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人が昭和六三年二月一五日付で控訴人の昭和六一年分の所得税についてした更正(以下『本件処分』という。)のうち総所得金額四七四万一四〇〇円、分離課税の短期譲渡所得金額五万〇四〇〇円、分離課税の長期譲渡所得金額三八万九五〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税の賦課決定(以下『本件賦課決定』という。)を取り消す。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

2  被控訴人

主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表九行目から同裏一一行目までを次のとおり改める。

「1 控訴人の昭和六一年分の所得税について、控訴人がした確定申告及び修正申告、これに対して被控訴人がした本件更正及び本件賦課決定(以下、本件更正と本件賦課決定を併せて『本件各処分』という。)、並びに本件各処分に対する異議申立及び審査請求の経緯は、原判決別紙課税経過表記載のとおりである。

2  昭和六一年分の控訴人の所得のうち、総所得金額(右経過表<4>)及び分離課税の短期譲渡所得金額(同<5>)は本件更正の額と一致し、分離課税の長期譲渡所得金額は原判決別紙譲渡所得計算明細書の長期譲渡所得欄記載のとおり一億九〇〇〇万円であって、右経過表<6>の本件更正の額と一致する(ただし、同明細書(原判決一九枚目)の『別紙目録(一)』をすべて『原判決別紙物件目録(一)』と、『措置法』をすべて『租税特別措置法(右当時のもの)』とそれぞれ改める。)。」

2  同三枚目裏七行目から八行目にかけての「適用があるものとして、分離課税の長期譲渡所得の申告をした」を「適用があることを前提として本件譲渡土地の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得額を算定した上、昭和六一年分の控訴人の所得税についての確定申告と修正申告をした」と改める。

3  同四枚目表二行目から同一〇行目までを「本件譲渡土地の譲渡に係る長期譲渡所得額が一億九〇〇〇万円であることを前提として本件更正をするとともに、これに伴う本件賦課決定をした。」と改める。

4  同五枚目裏九行目の「被告が本件各処分を」を「本件譲渡土地に係る譲渡所得につき控訴人が申告したような買換えの特例の適用が認められると信じた被控訴人に対する控訴人の信頼は保護されるべきものであって、被控訴人が右信頼に反した本件各処分を」と改め、同一〇行目の「本件各処分」の次に「(ただし、本件更正については原判決別紙課税経過表掲記の修正申告を超える部分)」を加え、同六枚目表一行目の「信義則の原則」を「信義則の法理」と、同裏一〇行目の「譲渡資産」を「譲渡土地」とそれぞれ改める。

5  同八枚目裏七行目の「法」を「措置法」と、同一一枚目裏五行目の「受けたから」を「受けており」とそれぞれ改める。

6  原判決別紙物件目録(同二〇枚目)一〇行目及び一一行目の「番地」を「番」と改める。

三  立証

原審及び当審の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  控訴人の昭和六一年分の所得については、(一) 総所得金額(原判決別紙課税経過表<4>)及び分離課税の短期譲渡所得金額(同<5>)が本件更正の額と一致すること、(二) 分離課税の長期譲渡所得金額が原判決別紙譲渡所得計算明細書の長期譲渡所得欄記載のとおり一億九〇〇〇万円となり、この額が右経過表<6>の本件更正の額と一致することは、当事者間に争いがない。

そうすると、次に判断する被控訴人の信義則違背についての控訴人主張が認められない限り、控訴人の昭和六一年分の所得税について被控訴人がした本件更正及びこれを前提とする本件賦課決定は適法であり、本件各処分の一部取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないというべきことになる(なお、過少申告加算税の税額については、右争いのない事実及び成立に争いのない乙第一四号証によってこれを認めることができる。)。

二  そこで、控訴人主張の信義則違背の点について検討する。

控訴人本人の原審における供述並びに乙第二号証(成立に争いがない。)、第四号証、第六号証及び第一一号証(以上は、原審証人森下学の証言により成立を認める。)によると、控訴人は、被控訴人の所部職員から得た教示に関し、控訴人主張に沿う供述、申述又は答述をしている部分があることが認められる(以下、右供述、申述及び答述を併せて「控訴人供述等」という。)。

しかしながら、以下に述べるとおり、控訴人供述等をもって控訴人主張のような趣旨の教示がされたものということはできない。

1  まず、控訴人供述等を直接裏付けるような証拠はない。

もっとも、控訴人本人は、原審において、右教示により本件譲渡土地を売却しても買換えの特例の適用があると信じたから右売却をしたのであり、右売却にあたり買換えの特例を受けることができなければ他の方法で必要金額を調達し得たのであるから、本件譲渡土地を売却したこと自体が控訴人主張の教示を受けた証左であると縷説する。しかしながら、右教示の際の問答についての控訴人供述等に一貫しないものがあり、控訴人供述を前提としてみても、被控訴人の所部職員による教示の趣旨が控訴人主張のものということができないことは後記2のとおりである上、右売却当時の控訴人の資力の程度を知る的確な資料がない本件において、右供述から控訴人主張のような教示がなされた事実を認めることはできない。

2  次に、控訴人供述等の内容自体についてみるに、控訴人供述等によると、控訴人は被控訴人の所部職員に税務相談をもちかけて口頭で教示を得た際、譲渡資産の所在と内容については右職員に申し述べたとして、その経緯を詳細に述べているのに対し、買換資産の所在と内容については、これを右職員に述べたことを明確に否定したことがある一方で、ある程度の説明をしたことがあると述べた部分もあり、この点の首尾が一貫していない。

ところで、買換えの特例は、譲渡資産と買換資産の双方について場合を限定して認められているものであるから、その適用の有無を判断するにあたっては、買換資産の内容、殊に買換資産が土地又は土地の上に存する権利であるときにはその所在及び用途がどのようなものであるかを正確に把握する必要があることはいうまでもない(措置法三七条参照)。しかも、本件においては、教示のための問答がされたとする時期(控訴人供述等によると、昭和六〇年秋頃から昭和六一年二月初め頃ということになる。)より前の昭和六〇年三月二〇日に控訴人が本件取得土地を取得しており、控訴人供述等によると、控訴人は、右問答の際には既に右土地を買換資産として予定していたというのであるから、買換資産の内容は、買換えの特例の可否を検討するために控訴人が容易に右職員に提供し得た事柄であったということができる(本件取得土地を控訴人が取得した時期については、成立に争いのない乙第八号証の一、第一〇号証の一・二によって認める。)。ところが、控訴人供述等によると、控訴人は本件取得土地の所在を右職員に具体的に述べたことはないという点では一貫しているのであり、このような事実関係の提示がされただけでは、税務職員において買換えの特例の適用の有無について的確な回答をなし得ないことは明らかである。そして、右税務相談において、買換資産となるべき資産が買換え特例の要件にあたらない可能性があることを窺わせる事情が表れた形跡が何ら窺えない本件においては、控訴人が本件取得土地の所在を含む買換資産(又はその予定)の具体的な内容を明らかにしないまま、本件譲渡土地については所在と内容の詳細な説明をして、本件土地を譲渡した場合に買換えの特例を受けることができるかの説明を求めたとしても、その回答は、買換え特例の譲渡資産の要件についての問答の域を出ないものであったとみるのが相当である。したがって、右の控訴人供述等を前提としてみても、被控訴人の所部職員の教示をもって本件譲渡土地の譲渡所得について買換えの特例の適用があるとの教示を得たということは到底できない。

これに対し、控訴人は、買換え特例に関して税務相談を受けた税務職員としては右の適用を受けるための買換資産の範囲に限定があることを明確に教示しない以上、買換資産の範囲について制約がないとの教示をした趣旨と解すべきであると主張する。しかしながら、税務相談は、税務行政の円滑な推進という目的を達成するため行政サービスの一環としてなされるものであるから、一般に、税務職員としては、税務相談の相談内容に関して積極的に相談者に事実関係を解明したり、あらゆる予想される事態を前提とした説明をするまでの義務はないものというべきであり、特に、本件に即していえば、資産を譲渡する者が譲渡前に買換資産として予定する資産を取得ずみであることは通常稀であり、また、買換えの特例に定める買換資産の定は抽象的で多岐にわたることに照らせば、税務当局が行う税務相談が却って誤解の原因となり得ることを防止する趣旨からも、口頭で税務相談がされた場合にまで、買換え特例の認められる場合のすべてを過不足なく教示できる筋合のものでもない。控訴人の右主張は、独自の主張であって採用することができない。

なお、控訴人本人は、原審において、買換えの特例の適用は買換資産につき所得が上がる証明があればよいと右職員から教示された旨を供述しているのであるが、右のような趣旨は、その余の控訴人供述等に何ら表れていない上、措置法の定めるところと明らかに齟齬することに照らし、直ちに措信することはできない。

右によると、控訴人供述等をもって、被控訴人の所部職員が買換えの特例の適用に関して控訴人が主張するような趣旨の誤った教示をしたと認めることは到底できず、他にこれを認めるべき証拠はないから、これを前提とする控訴人の信義則違背の主張は失当である。

よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横畠典夫 裁判官 園田秀樹 裁判官 園部秀穗)

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